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*本コンテンツは、これまで元町公式メールマガジンにて配信しておりましたコラムです。

2022年(令和4年)5月20日号 元町コラム 
横浜開港200年/Y200(2059年)を夢みて!

〜 ヨコハマ元町 流れ行く悠久の風に乗って 〜 ( 2 )         

     燃えるような新緑のエネルギーを身体全体で感ずる事が出来る恰好(Kakkoh)のパワースポット、それが「元町公園」です。

     元町ショッピング ストリートから山手へ続く代官坂を緩く登り始めて、石川家の旧代官屋敷の門を右手に眺めながらY字路の左側、真っ直ぐに上る道を進むと、斜面一帯に見事に造成された元町公園に行き当たります。

※ ペリー提督も訪れた事がある地。現在も同家当代が守る筆者の友人家。代官坂(旧名 箕輪坂)にある横浜村名主 石川徳右衛門邸(通称 代官屋敷)の跡地。徳右衛門は惣年寄(実質的な代官職)として日米和親条約締結の際の応接饗応の一切を取り仕切ったーーー。

※ いつも良く手入れされている植木も美しい横浜の名門女子中・高「フェリス女学院」。車も人も居ない早朝の山手本通りが広いーーー。

     山手の西洋館巡りの皆さまは、フェリス女学院中高の正門から来て、代官坂上の信号を通り過ぎ、左手に「ベーリックホール」、「エリスマン邸」と来れば、もう、元町公園です。左に大きく曲がる山手本通りには外国人墓地を見守るように、アフタヌーンティが美味しい「えの木てい」(山手89-6番館)をはじめ、「山手234番館」、 「山手聖公会」 、「山手十番館」が建ち並び、公園の目印とも言うべき白いクラシックな電話ボックスから下り道で、元町ショッピング ストリートまで公園内を自由に散策する事が出来るなど、山手本通りの中でも最も魅力的な一角を形成しています。

※ 元町ストリートから代官坂を登り切ると山手本通りの交差点「代官坂上」に出る。周辺にはお洒落な家が建ち並び、筆者自身も散策の折に各所のデザインを参考に新居を設計した。ここまで登る中腹にはトンネルがあって、元街小学校を経由して北方、本牧へと、古道が繋がっているーーー。

     元町公園の地は、1868年(明治元)頃、フランス人実業家、アルフレッド・ジェラールによって、この地の湧水を利用した船舶向けの給水事業や、ジェラール瓦と呼ばれる西洋瓦の製造を手掛けた場所で、関東大震災後に横浜市によって整備され、1930年(昭和5年)に公園として開園に至りました。公園内には「山手80番館遺跡」をはじめ、元町プール、弓道場もあり、元町エリアと山手エリアを取り結ぶ出会いの公園として重要なポジションを占めています。

※ 筆者の古い記憶にある先代ママの手造り「チェリーサンド」の味も元気に引き継がれている。瀟洒な佇まいの旧山手89-6番館「えの木てい」は、本年、4月28日、元町河岸通りの前田橋脇にスパークリングワインも常備している「えの木てい Sweets Stand」をオープンし、早くも多くの皆さまの出会いの場になっているーーー。

     規模の大小は別にして、ニューヨークにセントラルパークがあり、ロンドンにハイドパークがあるように、パリの「ブーローニュの森」や「ヴァンセンヌの森」を想像しながらの元町公園の散策は、風の葉音が、時代と海を越えてはるばる日本にやって来た遠い時代の皆の楽しい囁きに聴こえて、時間が一瞬止まっているようにも感じます。

     まさしく、森はさまざまなものを包み込んで、ときに静かに、ときに賑やかに私たちに寄り添っています。今日はそんな元町と山手の出会いの森に分け入り、そよぐ薫風の中で、持参のお弁当でも開くというのはいかがでしょうか。

Tommy T. Ishiyama

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

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