2024年(令和6年)8月5日号 元町コラム
横浜開港200年 / Y200(2059年)を夢みて!
モトマチのフェニックス 〜不死鳥の翼に乗って〜(15)
〜 一体感から生まれるパワーこそ生命の源です 〜
遠いふるさとの山河を偲ぶのもまた良し。 しかし、故郷のない都会生まれの皆さんは、是非、祖父母のルーツを辿って真の故郷を探ってみるのは如何でしょうか? 普段はご無沙汰の区役所へ出向けば、地方の祖父母や曽祖父のルーツが解る謄本を瞬時に発行してくれるほどに今は便利になっています。
機会があって、ゆっくり眺めた祖父母の戸籍謄本には、見たことも聞いたこともないない名前の曾祖父やその先代、先々代のルーツが記されていて、判読が難しい役所文字の手書き記録も、必死に眺めていると地名や内容がボヤーっと読み取れるようになるから不思議です。
※ あの日の石が今日も佇む皆との笛吹川での待ち合わせ場所。 幼き日の夏休み、日々、皆と飛び回って遊んだ山河が我々が帰る日を待ってくれているように今日も毅然と佇んでいるーーー。
そんな夏の真っ盛り、コロナ禍(COVID-19)で味わった異常な夏以上の「獄暑」というか「爆暑」の表現がピッタリな夏を迎えて、「旧盆」というひとつの旗印の元に、それぞれの故郷回帰の旅と言うべき大移動のルートの途上にいる皆さまは、まさに人体の中の血脈のルートの中を行く血潮のパワーが漲(minagi)っているようにお見受け致します。
思い返すまでもなく、筆者の幼年時代から学生時代の若き日の夏は、母の里である現在の山梨県笛吹市の丘陵部、八代の高台にある旧家から、南アルプス、赤石山脈、八ヶ岳、甲府盆地全域、石和温泉郷を涼しく眺めながらひと夏を過ごすのが常でした。
※ 母方の曾祖父が恵林寺由来の表土屋(表代官土屋家)の出自の由縁から筆者家の仏間を守る信玄公・武田家花紋瓦。 信玄公の菩提寺、山梨県甲州市塩山にある『乾徳山 恵林寺(Erin-Ji)さんの先代、南條大亨老師より風林火山の揮毫と共に賜った江戸時代の修復時の大庫裡十三番&十四番瓦ーーー。
「ヨコハマが来たぞーーーッ」の誰かのひと声で、いつもの夏の仲間が勢揃いしての歓迎は嬉しくもあり、照れ臭くもあるものの、川幅の広い笛吹川やその支流の上流域の一画を見事な石積みで堰き止めて仕立てた巨大な大自然の流れるプールは格好の終日の遊び場でした。
60年余の時が流れた現在もその堰はそのまま残されていて、皆と競って飛び込んだ淵の飛び込みポジションは、今、思うと、想像以上の高さだった事に驚かされます。 自分がお気に入りで得意としていたそれぞれのそのポジションの愛称は「ヨコハマ」、「フエフキ」、「イナカ」。 当時の名称そのままの姿が保たれていて、今日も現代の子供達が利用してくれています。
幼友達の中には、都会に憧れて横浜市大の門を叩き、地元に戻って家業を継いで医療の道に進んだ者や、起業家として欧米で活躍した者をはじめ、井戸に吊るして冷やしたスイカを食べながら論じ合った国防を実践して海上自衛隊の海将に出世した者もいて頼もしい限りです。
そんな山梨の仲間達と再会したのが「1969年の8月」でした。
折しもニューヨークの郊外で開催され、今や伝説となっている「ウッドストック フェスティバル」は幼友達だった田舎仲間の友人が所属する主催者側の当初の予測の10万人を遥かに上回る40万人との報道があり、その後の分析では50万人の観衆が押しかけた事が判明しています。
※ あの日の「熱い」ニューヨークは、夏休み中の田舎の山河と共に我々の心の中にいつも存在しているーーー。
サンタナ(Carlos Santana)、ジョー コッカー(John Robert Cocker)、ジミ ヘンドリックス(Jimi Hendrix / James Marshall Hendrix)といった当代人気絶頂の大物アーティストを集結させての開催でしたので大群衆が押しかけた事は無理もありませんが、このコンサートのタイトルが「愛と平和と音楽の祭典」であった事と、開催期間の8月15日、16日、17日の3日間、一切のトラブルも警察の介入もなしに平穏な熱狂の元に整然と開催された事が今も記憶の中に鮮明に残っています。
考えてみれば、その後のコンサートのスタイルを一変させ、現在の有名アーティスト達のステージ構成のキッカケを与えたこの「ウッドストック フェスティバル」は、観るためのコンサートから参加するコンサートへとのコンセプトを見事に成就させ、このコンサートを支えた我々は「ウッドストックジェネレーション」などと呼ばれて平和のシンボルになりました。
少年時代の夏休み毎に訪れ、首を長くして待っていてくれた田舎の皆と山梨・笛吹の川で泳ぎ、野山を駆け回った日々。 それが生じて冬休みには真っ白な南アルプスを直近に眺めながら凍りついた広大な畑や田圃での凧上げに下駄スケートのアイスホッケー。 そんな幼年時代のひとコマのような出来事の延長線上にあるのがニューヨーク・ウッドストック フェスティバルですので、一瞬、記憶の錯覚でウッドストックが山梨にあったり、ニューヨークの郊外で蝉を追い、川に飛び込んで遊んでいたようにも思える今日この頃です。
我ら、「新世代の台頭」と言われた栄光の日々そのままに、暑い夏が今年も訪れています。
Tommy T. Ishiyama