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*本コンテンツは、これまで元町公式メールマガジンにて配信しておりましたコラムです。

2022年(令和4年)8月20日号 元町コラム 
横浜開港200年/Y200(2059年)を夢みて!

〜 ヨコハマ元町 流れ行く悠久の風に乗って 〜 (8)          

    キラ星のように数ある世界の都市の中で、響の良い名前のひとつに「サンフランシスコ」があります。漢字表記で「桑港」とされるのは、当時の日本人には「ソーホーシスコ」と聞こえた事に由来して、当初、「桑方西斯哥(ソーホーシスコ)」と書き表し、さらに港町であることから港を最後につけ加えて「桑方西斯哥港」を正式な表記としたものの、その長さを少略して「桑港」としたのが由来でした。

※ アルカトラズ島を臨み、颯爽と、そして力強く走るサンフランシスコの市電は、、、ケーブルカー。歴史的遺産がうごいているーーー。

     そのサンフランシスコで、真っ先に頭に浮かぶのがケーブルカーですが、初めて彼の地を訪れた皆さんは、空中を見上げて「ケーブルカーが無い」との疑問に苛(saina)まれるのが常です。

     「地上を走るケーブルカーもある」という概念がないのが原因ですが、その構造を知れば一目瞭然。立派な世界最古のケーブルカーがサンフランシスコの街を走っていることに大いに感激するに違いありません。

     1873年、世界で最初にケーブルカーが実用化されたのがサンフランシスコでした。当時は蒸気機関を動力源として世界中で走っていたケーブルカーですが、やがて、電化が進んだ路面電車に駆逐され、現在残っているのはサンフランシスコだけ。観光目的とはいえ、動く歴史的遺産として皆に親しまれ、見護られていることは実に素晴らしいことです。

     その構造上、軌道の下に埋められたケーブルを掴んだり離したりすることで急峻な坂道を登ったり降りたりしているので、文字通りのケーブルカーというわけです。

     風光明媚なサンフランシスコ湾では、6月に始まり、8月まで続く霧の発生が多く見られます。霧は通常、早朝に湧き上がり、午後までには消え去って、夕方に再び表れるまでの間はカリフォルニアンブルーの青空を存分に楽しむ事が出来るわけですが、なぜ、 サンフランシスコは頻繁(hinpan)に霧に覆われるのかの答えを 知っておくことは何かのお役に立つことでしょう。

     北カリフォルニアの気候は、特に夏は非常に暑く、その為に水蒸気を多く含んだ低気圧が発生する一方で、サンフランシスコが三方を海に囲まれている為に、上昇した熱気が、冷たく高圧で、湿気に満たされた海の空気の流入によって真空な状態、つまり霧を作り出しているので、私たちが大自然の綾なす環境循環の中に生きていることの証(Akashi)でもあるわけです。

     そんなことを思い、記したのは、8月29日が「ケーブルカーの日」だからでした。

※ 名物にもなっている霧がサンフランシスコ ベイを覆い尽くしている壮観な夕暮れ前、 2時間もすれば、クリーンな景観が姿を見せてくれるーーー。

※ 霧風を満帆に頂き、コバルトブルーの湾を疾走するヨット。すれ違う商業船の皆が手を振って、見事な帆走に敬意を表していたーーー。

     さて、アメリカンスタンダード & ポップスの世界に目を転じると、一世を風靡した名曲、トニーベネット(Tony Bennett)の大ヒット曲「霧のサンフランシスコ」(我が心のサンフランシスコ)がありました。イメージでは何処からともなく湧いてくる霧の中をケーブルカーが登って行き、夜空の星の中に消えて、現実を見て、ちょっと違うと不思議に思うのは致し方ありません。

     海から湧き上がってくる濃い霧が最初の坂道を覆い尽くすと、その丘を越えて、次の谷間を覆うように降りてくる様は壮観です。そんな霧の中から、風情あるサンフランシスコの電車、ケーブルカーがポッカリと姿を現し、滑るように左右に揺れながら一生懸命に走ってくる姿は実に風情があり、いつか観た想像の景色にオーバーラップされて涙が出そうになってまいります。

     加えて、時代を代表するサンフランシスコと言えば、映画「ブリット」(Bullitt )のワンシーンを即座に想い浮かべる皆さまも多い事でしょう。

     霧の中から突然現れて、猛烈なスピードでサンフランシスコの、あのアップダウンの急斜面、ケーブルカーの軌道敷内を派手なジャンプを繰り返しながら疾走しているのは、スティーヴ マックィーン(Terence Steven "Steve" McQueen)が運転しているマスタング、正しくは「1968年型フォード マスタング GT390」。一方の敵側の車は「1968年型 ダッジ チャージャー」だったと記憶しています。

     この大ヒット映画が公開されたのは、米国が1968年10月17日、日本では1968年12月21日、クリスマスデーを控えた週でしたから、映画館は連日立見の大混雑の盛況を呈していました。

     夏休みも終盤を迎えようとしている8月。そう言えば、8月29日は、あのマイケル ジャクソン(Michael Joseph Jackson)の誕生日だし、8月の終わりは有名なアーティスト達に関わりのある日が続きます。ヒットソングでは、まず、1957年8月26日全米ヒットチャートのトップに立ったデビー レノルズ(Debbie Reynolds)が歌った「タミー(Tammy)。この日、2位だったのが、プレスリー(Elvis Aron Presley)の「テディベア(Teddy bear)」、3位がポール アンカ(Paul Anka)の「ダイアナ(Diana)」、4位はコースターズ(The Coasters)の「サーチン(Searchin')」、5位がパットブーン(Pat Boone)の「砂に書いたラブレター(Love Letters in the Sand)」と、なんと豪華なことでしょうか。

     そして、8月31日は、1945年に、「プリティ ウーマン(Pretty Woman)などの大ヒット映画でおなじみのリチャード ギア(Richard Tiffany Gere)が生まれた日と、実に賑やかです。

     やっと、やっと、暑い暑い8月も終わりに近付きつつありますが、この暑さも、爽やかな秋への準備の1ページであることに大いに感謝したいと思います。元町 ショッピング ストリートのウィンドウも、そろそろ、秋の装いの準備が整う頃を迎えています。

Tommy T. Ishiyama

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

   

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